2018年1月23日火曜日

株価が高くなっていますが・・・。

日本経済・企業業績も好調で、日経平均が24,000円を超え、26年ぶりのバブル崩壊後最高値更新ということで、株式市場は盛り上がっているようです。





私の場合は株式にも債券にも商品相場にも縁がない生活で、遠くから「すごいね?」などと言いながら眺めているだけです。


私は30年も前の、バブル崩壊の1年前に、有り金?で株を買い上昇相場の雰囲気の中にいたのですが、1年後最初の暴落があった時に、危険が迫っているような気がして、全部売って手を引いてしまいました。




その1年間、日経平均はかなり上がっていたのですが、私の収支はトントンくらいでした。
素人ながら仕手株に手を出したりして、利益を全て食われたのでした。
ホント情けなかった。


ただ早めに売ったので、大きな損はなかったのでしたが、投資、というより株は難しいと実感しました。
いい経験でした。


それ以前にも以後にも「投資」はやっていません。


定年リタイアした後、ネット証券に株式口座を作ったのですが、株が下がり、様子を見ていたらまた上がっていきました。
下がっても買うのが難しく、上がっても株を買うのが難しいものでした。


いつもその時点では高いと思って、例えば15,000~16,000円の時に、
12,000円位に下がったら買おうかな?などと思っているうちに上がってしまい、株を買う気にならなくなりました。


つくづく、今の自分は「株」には向いていないと思いました。
その向いてない理由は、自分なりに考えて次のことの様です。

判断力、決断力が弱い
優柔不断で度胸がない
大体資金が少ない
株が下がった時に心臓に悪い
残りの「老後」を心安らかに過ごしたいかも?
先はそんなに長くなく、お金が増えても減っても大したことがない?


ということで、私は買えない・買わなくてよかった様でした。
現在投資を行っている方は、いいチャンスかも知れません。
投資の利益を出されるのを願っております。


以上は個人の感想でした。



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月22日月曜日

久しぶりの雪模様の1日

今日の東日本は、東京をはじめ、雪になりました。
5cmも積もれば、「大雪だ!」とニュースになるのですが、雪国出身の私にとっては、まあ~なんと申しましょうか・・・(;´・ω・)

それを言ってもしょうがないのですがね。


住んでいる所は、久しぶりの雪で、もう少し降り続くかと思われたのですが、夜には上がりましたね。


雪はそれほど積もりませんでした。
ずーっと晴れの日が続いていたので、程よいお湿りになったという感じです。


そんな雪の日、午後はちらつく雪の中、家内のお供でスーパーに買い物で、一旦家に帰って片づけをして、雪が小降りになるのを予想して、スーパー銭湯の温泉に出かけました。


雪国出身で、でスタッドレスタイヤで走るのは、馴れているのですが、雪になれていない人が多い、関東で怖いのは、1台でも動けなくなったクルマが前にいると、もうだめ。
後続車も立ち往生してしまう危険があることです。
特に橋の手前が危ない(゚Д゚;)


こんな雪の中を、日帰り温泉に行く人も少なく、ガラガラでほぼ貸し切りか? と思うほどでした(;´・ω・)



露天風呂 イメージ


外は雪ですが、露天風呂にも入りました。
雪の舞う、夕暮れ時の、湯けむりの露天風呂は幻想的です。
月並みですが、「ああ~極楽、極楽」


箱根か伊豆の温泉にいるような心持で、お金はなくても時間はあり、優雅で得した気分になりました。はい(;^ω^)


気分が良くなって、帰りに食堂にお客さんが誰もいなかったので、かき揚げ蕎麦を食べてから帰ることにしました。


本当の温泉地に行ってみたくなった、無職の団塊おじさんの、雪の日の午後のおはなしでした。


朝   珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

遅い昼 スーパーのおにぎり、お茶

夕方  かき揚げ蕎麦

相変わらず食生活は貧しい質素です(;´・ω・)
でも体重は減りません。



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



西部邁先生の訃報

昨日、評論家の西部邁氏の訃報を、ネットニュースで知りました。
夕方の産経新聞のネット版です。
最近はテレビ番組をあまり見ていないので、ニュースはネットの速報で知ることが多いです。


西部先生と言えば、親米ではない保守の論客として、もう10年以上前に、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」に、野坂昭如氏や大島渚氏、栗本慎一郎氏,舛添要一氏らと出ていて、討論バトルしていたのを見て、印象に残る論客だと思っていました。


このところ、久しく(全く)「朝生」は見ていないのですが、あの頃はテレビの討論番組は面白かったです。


また西部氏は多くの、保守の後続者を育てられたと伺っています。
宮崎哲弥氏、藤井聡氏、中島岳志氏、水島聡氏、西田昌司らが思い浮かびます。



西部邁氏と漫画家の小林よしのり氏との共著で、「反米という作法」という本を、10年以上前に読んだことを思い出しました。
氏の本を読んだのはこの1冊だけで、あとはテレビやネットの映像でその主張や教えを拝見していましたが、気になる”表現者”のおひとりでした。



東京MXの西部邁ゼミナールやネットの番組に出られて、発言を続けられていたのを拝見することがありました。
最近は病気がちだったそうで、それを苦にされていたのでしょうが、「病院での延命の生」は拒否すると、言われていたそうです。


昨年出された本に、
僕はそう遠くない時期にリタイアするつもりなので・・・

と記述されておられていたそうです。
このリタイアは、現役を辞める意味だけではなかったんだなと、思いました。
ただ多摩川入水の突然の訃報には驚きました。


先生には、お目にかかったことはないのですが,私もいろいろ勉強させていただきました。
謹んでお悔やみ申し上げます。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月21日日曜日

週刊誌のスキャンダル報道はこれでいいの?

週刊文春の、不倫疑惑の報道が発端で、記者会見で引退を表明した小室哲哉氏の件で、週刊文春の公式ツイッターに批判が殺到して、炎上状態になっているそうです。


テレビなどで、コメンテーターが小室氏擁護、文春報道に疑問を持つ方が多くなってきたかに見えます。
小室氏のお詫び会見が、痛々しくみ見えた視聴者が多かったので。



本文とは直接関係ありません 痛々しいお詫びのイメージです


それまでにも週刊誌の不倫疑惑報道はあったのですが、おととしの1月、ベッキーさんの不倫疑惑報道以来、週刊文春が「文春砲」などと持ち上げられ、まるで週刊誌が、世の悪を摘発・退治する「正義の味方」のようになっていた感がありました。


それから2年経って、風向きがやや変わってきたのかも知れません。


不倫は誉められたことではないのは、誰もが認めることですが、いくら有名人で、芸能人だとしても、犯罪を犯したわけではないのだから、そこまで知られたくないプライバシーを暴くのはどうなのか? という考えが多くなってきたのだと思います。


これは、刑事・民事で不法行為が問われかねないです。


確かに週刊誌の大の大人の記者が、探偵まがいに、夜中に何日も、スキャンダルのターゲットに決めた芸能人を、つけ回し、見張り、写真・録画を撮りまくるのは、仕事とは言え、どうなのかな? と思います。


週刊誌のスキャンダル報道で、犯罪性のないものは、政治家や官僚などの公人を主にターゲットにし、民間人は芸能人と言えども、プライバシー侵害にならない程度にとどめた方が、世の反発を食わないかと思います。


どこかのテレビ局のインタビューで、当該週刊文春の記者が出ていましたが、顔を隠していました。
これは、その記者が”正論”を述べたところで、説得力に欠きますね。
相手のプライバシーを暴く記者が、自分の顔を出さないのは不公平と言われていますよ?



朝  珈琲、牛乳、トマトジュース、パン2切

昼  手製ラーメン

夜  フグの干物、みそ汁、漬物、ご飯、晩酌



今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月20日土曜日

今年は親鸞聖人の本を読もうと思った

今日は仏教というか、親鸞聖人のはなしです。

KAZUくん家の代々の宗旨は浄土真宗となっています。
浄土真宗は、宗祖が鎌倉時代の親鸞聖人であります。

もっと詳しく言いますと、本山が京都の、東本願寺真宗大谷派といい、この大きなお寺には、何度か行ったことがあります。
そして浄土真宗の御本尊様は阿弥陀様(阿弥陀如来)です。


私の父親(の代まで)は、熱心な浄土真宗の信徒でありました。
 



翻って、息子の私は菩提寺から離れていることもあって、家の仏さんが浄土真宗の阿弥陀様という認識はあるのですが、残念ながら熱心に信心しておりません。(;´・ω・)


70も近くなって最近は、
コレデイイノカナ?
と時々考えることがあるのですが・・・。





母親の葬儀を行っていただいた、浄土真宗のお寺の住職から、毎年年末に、「今日のことば」 法語カレンダー随想集 という小冊子を送ってきていただいております。


読めば読むほど、深い意味の事柄が書かれていると思うのですが、今まであまり熱心に読むことはなかったです。
しかし今年2018年版は、新年からじっくり拝読するようにいたしております。


この小冊子の最初の表紙に、

阿弥陀仏は光明なり 
 光明は知恵のかたちなり         
               親鸞聖人の「唯信鈔文意」

という言葉が載っています。
よく理解はできないのですが、何となくありがたい気がします。


父は75歳で亡くなったのですが、私もだんだんとその年齢に近づきつつあります。


この先、いつか親父に逢えるかも知れません。
その時に恥ずかしくないように、せめて上の親鸞聖人の言葉を理解できるように、少しづつ勉強していこうかなと、少しは思ったこの新年でした。(・・;)


やはり、人間いくつになっても勉強ですね?


今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月19日金曜日

むかし「田舎のバスは お・・・」という歌がありましたが

昨日の投稿で、近くの小さなスーパーが閉鎖になって、先行き困ることになるかも知れない、ということを書きました。


バスについても、同じような可能性があると思ったので、書いてみました。


関東近郊の地方都市在住ですが、過疎でもなく都会でもない、中途半端な町です。


今時ですので、イトーヨーカ堂やイオンモール、ケーズデンキやヤマダもあって、今のところ、シニアの生活に特に困ることはありません。
そこにクルマで行っています。


ただ(個人の感想ですが)腕のいい医者がいる病院の割合が、大都市に比べて少ないと感じるのと、交通インフラは、昔住んでいた東京や横浜に比べると、絶対的に貧弱で、高齢者でクルマに乗れないと厳しくなってくると思います。



今日は郵便局に用事があって、ウオーキングがてら出かけました。
往路片道1200歩で、復路遠回りして1600歩、30分くらいですが、これもいい運動になります。


帰りの、家の近くの路上にひっそりと、市内路線バスの停留所がありましす。
今まで殆ど気にしたことがなく、バスはいつも数人しか乗っていないように見え、私が今まで乗ったのも数回程度です(;´・ω・)。


それで、今日の題の、昔(昭和30年)中村メイコが歌った、
田舎のバスは おんぼろ車・・・♪
という子供の頃に聞いた歌を唐突に思い出してしまいました。


このバス停からは、1日10本しかないですが、市のJR駅に20分くらいで行ける便利な乗り物なのです。
クルマに乗れるうちはいいが、乗れない場合には、バスは地域住民にとって、大事なインフラなんだということを、つい忘れがちでした。


今でも私も含めて、市民はあまりバスに乗らなくて、このまま10年もして、自分世代の高齢者が、免許更新もできなくなったら、頼るしかないのに、なんて冷たい仕打ちをしてきたのだろう(゚Д゚;) と反省してしまった次第です。


路線バス イメージ 本文とは直接関係ありません


地方のバスは乗る人が少なく、採算が取れなければ、すぐではなくても廃線か縮小される運命にあるかと思います。


今までJR駅に行く場合は、タクシーか、自分のクルマで駅の駐車場に止めて、用事を済ませるという事が多いでしたが、これからバスに乗って駅に行くことにしました。


2人でもバスの方がタクシーより、3割くらい安く、駅ビルで昼食にビールが飲めるので、クルマよりは良いと、良いことづくめです。


この路線バスの状況は、大都市以外のところでは、どこも同じようだと思います。
「地方に住んでいる皆さん、クルマばかりでなく、できるだけバスに乗りましょう!」(`・ω・´)
と思わず言ってしまいました。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月18日木曜日

イトーヨーカ堂に行ったのですが・・・。

時々書きますが、今日はのつく日で、イトーヨーカ堂にお買い物でした。
支払いは、いつもnanacoです。


やはり大型スーパーは、クルマで行っても便利で、割引もあり、家内共々足が向いてしまいます。


買い物は、1カ月に2回くらいイトーヨーカ堂に行きます。
他に行くのは、イオンモールと、地元資本の1番店のスーパーが主です。


イオンモールは、イトーヨーカ堂の3倍以上あり、ほぼ何でも揃うので、こちらにもやはり行ってしまいます。



大型スーパー イメージ (外国)


自分の住んでいる地域に、歩いてすぐ近くの、地元の数店舗のスーパーの1店舗があったのですが、昨年破綻して閉鎖になって、すっかり寂しくなりました。


我が家も、この小さなスーパーにも時々買い物をしていたのですが、やはり品揃え量・価格等を考えると、どうしても、買い忘れたものを時々行くだけになって、イトーヨーカ堂などに行っていました。


残念ながら町内の方々もやはり、あまり行かないようで、いつも空いていました。


私も、今はあまり行かないけど、クルマに乗れなくなったら、このスーパーに行くことにしようかな~と気楽に考えていたら、突然の閉鎖でがっがかり (゚Д゚;)💦


しかしよく考えれば、地元のスーパーがつぶれていくのは、経営者の責任はもちろんなのですが、それだけでなく、地元住民が理由をつけて利用しなかったのも、少しの責任の一端はあるのかもしれませんね?


そのために、将来高齢化した時に、暮らしにくく、住みにくくなる原因になってしまう。


昔、スーパーの出現で、八百屋や魚屋が店をたたんできて、次は大型店の出現で、地元資本のスーパーが消えて行っています。
私のところだけではなく、全国的でしょうね?


今はクルマでイトーヨーカ堂や、イオンモールに、車で行けるのでいいのですが、この先クルマに乗れなくなったら、ネットスーパーで買うか、コンビニで買うかになってしまいそうです。
タクシーでお買い物もなかなか抵抗がありますので・・(;´・ω・)


世の中は便利になっていくのか、不便になっていくのか、年寄りには解りにくくなっていくようです。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。




老後の不安は、やはり・・・有ります(;´・ω・)

昨日ブログに、海外旅行のことを書いたばかりです。が・・・。


今日の話は、正月早々で縁起でもないと気に障りましたらご勘弁を <(_ _)>




老後破産、老後破綻、下流老人などの言葉ですが、自分のことではないと、目や耳をふさいで無視しているわけにもいきません。


まあ破産と言っても、実際に「破産宣告」しなくても、比喩的に、破綻のような状態と理解していますので、それほど変わらないと思います。


老後に油断していると、誰でも(読んだ本や、ネット情報などによると、高齢者の7割とか、3割の人が)、その状態に陥る可能性があると言われています。


このことについて、いろいろ考えて書いていると、長くなると思いますので、時々このことや、年金のことなどについて、気が付いたことなど、思い出したら書こうと思っています。


私のような、現役時代、中小企業に勤めていて、退職金が無いか、有っても少なく、また給料が安くて、年金も少ない、したがって貯金も少ないと「少ない」だらけの者にとっては、人ごとではありません。


老後破産になる原因は、その人の置かれている状況によって様々ですが、ある程度傾向がつかめます。

経済誌やネットで見たりして、私なりに考えた原因ですが、次のようなことがあるかも知れません。

1.現役時代給料が少なく、貯金も少ない
2.そのため年金が少ない
3.退職金で投資を始めたが、思ったように行かない。
4.退職時に自分にご褒美で新しい(高級)車を買った。
5.退職金でグレードの高い海外旅行(世界1周など)に行った
6.退職後毎年のように海外旅行に行く。
7.定年リタイアしたのに、まだ家のローンが残っている。
8.子供が30歳を過ぎても無職で脛をかじる。
9.退職金を元手に事業をやって失敗した。
10.病気で医療費が思ったよりかさみ、貯金をくずす。
11.退職しても現役時代の金銭感覚がなおらない。
12.退職したのにローンで大きな物を買う

まだまだ、辛い話もありそうですが、この辺にします。

太字で書いた項目は、私にも心当たりがなきにしもあらずで、10のようにこの先なるかもわからない事柄です。
特に6は要注意です。
気を付けなくては・・・(;´・ω・)💦




それにしても老後破産の落とし穴はたくさんありそうですね。
まあ破産と言っても、実際に「破産宣告」するかどうかは別として、そのような状態と理解しています。
何も考えないより、自分であれこれ考えていた方が、少しは予防になると思います。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月17日水曜日

最初に行ったフランスの旅の思い出

今日は過去に行った海外旅行の思い出を書きます。


40代の後半になって、海外旅行に行くようになりました。
老後のこともあまり考えなかったので、貯金も少なかったのですが、「年をとって行くより、今のうちに海外には行った方がいい。何か得るものがあるだろう。老後は何とかなる。」と一番最初にニューヨークに行き、次はフランスと、計画を立てていました。


その頃、老後破産という言葉はなかったですが、若いときに海外旅行に行きすぎて、老後に貯蓄が無くなり、貧しい生活をしている、なんて話はときどき聞いていました。


私の場合も、旅行や車にお金を使いすぎて、老後が危なくなっていた危険も無きにしもあらず、というか70歳を前にして、まだ危険はあります。


決められた収入の、中小企業の勤め人にとって、定年になるまで、旅行などにお金を使うのを我慢して、ある程度余裕のある老後を期待するか、それは見ずに、何とかなるだろうと、お金があるときに旅行に使う
か、それぞれの自己責任になるのでしょうか。


ということで、本題になります。
下の写真は、写りが悪く恐縮ですが、1997年のカレンダ―です。
このカレンダーだけは何故か、20年以上経っても捨てないで、壁に掛けています。




パリの街角の日本食寿司店で、年始に昼ごはんを食べて、そこでもらったカレンダーです。


”BASHA”という店名で、日本人が経営しているのかな?と思ったら、ベトナム人(らしい?)経営の店でした。


日本食がブームになる以前ですが、ぼちぼち寿司店などができ始めたころだと思います。
この店の味は、外国で食べる寿司で、外国人が作るにしては、まあまあ美味しかったです。


記念にもらったカレンダーは、気に入ってずーっと壁に掛けております。
初めて言ったフランスの思いでですね(;´・ω・)


この旅は96年12月30日から、97年正月にかけて、日本旅行のツアーで、初めてのパリでした。






今は日本発着便がなくなった、成田発ヴァージンアトランティック航空で、ロンドン乗り継ぎ、パリの同じホテルに6泊して、「あとはご自由に自分で好きなところに」というもので、ホテル送迎だけはついていました。


ホテルもパリ市のはずれのオルレアンというところにある、「イビス パリ ポルト オルレアン」という割と大衆的なホテルで、パンとハムと飲み物だけの朝食付きというツアー(意外とおいしかったが。)。


ここから朝9時前ころ、パリの街に地下鉄で繰り出すのですが、冬のパリはその時間でも、うす暗くて、4時と言えばもう暗くなりました。
街の中心から遠いホテルなので、早めに帰ることになりましたね。


安めのツアーですが、年末年始ということで、当時の旅行代理店の領収書を見ると、1日オプショナルツアー込みで1人227,200円でした。
この他に成田1泊や食事、土産などかかります。
中小企業労働者にとっては、決して安くはなかったですね。


オプショナルツアーは、31日にロワール地方古城めぐりで、雪がちらほら、とても寒かったです。(゚Д゚;)ブルブル
あとは、家内の希望の美術館めぐりが主で、パリの街をぶらぶら。
当時私は46歳、まだ若かったですね~(・・;)💦


現在で、このようなクラスのツアーで、シーズンオフだったら15万円以下でも行けるようです。


パリの街は家内が気に入って、その後2回行きましたが、ホテルはもう少し良いところと思い、2000年ゴールデンウイーク時、ソフィテル・パリ・サンジャックホテル。


2003年、年末年始に行ったときは、ノボテル・パリ・トウール・エッフェル(旧 日航ホテル・パリ)。
これが最後のフランスでした。


エッフェル塔のすぐ近くのホテルだったのですが、エッフェル塔は大混雑で、昇るのをあきらめました。
この時家内が帯状疱疹になって、「とても痛くて早く帰りたい💦」と言われて困っていました。


保険に入っていても外国での病気はいやですね。
幸い帰国まで我慢できて、帰ってすぐ皮膚科に行きました。
これももう、14年も前になります。


これを書きながらいろいろ思い出してしまいました。
人生もあっという間に過ぎつつありますが、あともう1回くらいはヨーロッパに行きたいな~。
お金を貯めなくちゃ(;´Д`)


10年以上前に撮った旅行のアナログの写真は、フィルムとともにまとめて保管してあるのですが、出すのが面倒くさくて、そのままにしてあります。


いつ出せるやら・・・(;´・ω・)


今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月16日火曜日

久しぶりの公園ウオーキング

今日はとても暖かく、ウオーキング(散歩)日和でした。


散歩に行く前に、お年玉年賀状の抽選があったのを思い出し、来た年賀状を見てみたら、切手シートが1枚だけ当たっていました。


年賀状も断捨離しつつあるので、少ない枚数の中の1枚でした。
ということで、散歩の前に郵便局へ行って、交換してきました。





余った年賀状も5枚ほどあったので、これを10円と2円の切手に交換してもらいました。
手数料は1枚5円です。


郵便は殆ど出さないので、50円・52円のハガキや、切手が結構残っており、不足分の切手として交換したのですが、これも当分使わないと思いますね。


クイズの応募に使うかな? と思うくらいです。


そのあとは、いつもの運動公園に散歩に行きました。
この公園は実は今年初めてです。
午後は早めに行ったので、晴天の日差しは、4月並みに強く、とても暖かく、上着やマフラーはいりません。



イメージ画像です


この時期から公園で観察するのは、桜と公孫樹(いちょう)の芽の膨らみ具合です。


まだまだですが、それでも気持、膨らんでいるかに見えたりして、楽しいですね(^^;
今年は少し張るが早いかな?


1時間弱の散歩で、6,500歩のいつもの歩数でした。
明日から雨模様になり、その次は寒波がまた来るらしいので、つかの間の1日、体を動かして、帰ってからの久しぶりのビール、これが旨かったです。



朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン2切れ

昼 珈琲、のみ

夕 ビール+日本酒+チーズ、けんちん汁ご飯

ダイエット中の食事です



今日も読んでいただきましてありがとうございます。




ブログを始めて2回目の年始ですが反省!

2016年の6月にこのブログを始めてから、2回目の年始を迎えました。





複数のブログを書いてられる方も多いようですが、今のところ、このブログだけで精いっぱいです。


毎日更新を心がけていて、この点は、最近はほぼ達成していますが、内容については、我ながら能力不足で、どうも満足のいくようなものではないのが残念であります (;´・ω・)💦


「書きたいことを書きたいように書く」などと生意気なことを思いつつブログを書き始めたのですが、今に至ってはどうも思ったようにブログが書けません。(;´・ω・)
せっかくこのブログに訪問された皆さん、できの悪いブログで申し訳ないです。<(_ _)>


更新の時刻は、夜日付が変わる前頃がいちばん多いです。
これは夜書く事が多いのですが、頭の回転が追いつかず、時間がどんどん過ぎて、今日の日付のうちに更新しようと思って、推敲がいい加減のうちに更新ボタンを押してしまうことが原因です。


ブログ村に参加されている、同じジャンルの方々のブログをよく徘徊・訪問しますが、皆さんしっかりした文章で、読みたくなる文章を書かれている方が多く、自分のブログの物足りなさを思い知らされています。


皆さんすごいなあ~と思いつつ、これからは、夜焦らずに早めに書いて、推敲もしっかりできる余裕を持ったブログを心がけようと思った次第です。
たかがブログ、されどブログですね?


今日も遅くなって、日付が変わってしまいました。
この辺で失礼いたします。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年1月15日月曜日

足立康史衆院議員の本を読んだ

関東近郊は、気温は低いですが、比較的穏やかな日になりました。
冷たい風が吹かないのは、大寒波が少し緩んだためでしょうか?


天気のニュースを見ると、北海道や私の出身の新潟県をはじめ、日本海側の大雪は小康状態の様ですが、雪は止んでも、積もった雪には難儀しますし、雪崩の危険もあります。


まだまだ寒波は来そうで、こちらにお住まいの方は大変ご苦労様です。




3~4年前には、こちらでも、2月と3月に大雪が降ったこともあります。
2月にもう雪は降らないだろうと、1泊予約していて次の朝未明から大雪になり、帰る途中でもう1泊したこともありました。(・。・;
まだまだ油断できないですね。

冬の夜長、足立康史衆院議員の本を読みました。



書名  永田町アホばか列伝

著者  足立康史
   (日本維新の会・衆院議員)

発行  悟空出版








この衆院議員は昨年の初め位から、活動を注目し、気になっている議員でした。
この議員に対しては、賛否両論、好きか嫌いか? 分かれるところであります。


昨年の総選挙では、選挙区で僅差で負けましたが、比例復活で衆院議員を続けておられます。
私は嫌いな政治家ではないので、頑張ってほしいと思う1人ですね。


この本は面白くて、2時間くらいで読んでしまいました。
本の表紙や書名で、「国会議員のくせにふざけた本を出しているな!?」と感じられると思いますが、本人は至って真面目に書いています。


アホばか列伝に載っているのは、昨年9月現在、民進党に所属していた議員が多いのですが、本当にどうしようもない議員が多く、私が読んでも、足立氏の言っていることは納得がいきます。
「よくぞ言った」ということですかな。


この著者の、足立康史衆院議員の、国会における発言や、YOUTUBEでの発信は時々見ていて注目していた議員でした。


1つだけ気になっていたことがあり、それは数年前の、地元担当の秘書から残業代を請求され、トラブルになった件でしたが、この著書で説明があって納得しました。

ということで、あまり政治に興味がない方でも、読んで面白く、政治が少しわかるかな?と思います。


本今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月13日土曜日

老後のウオーキングは良くない?

Yahooニュースを見ていたら、現代ビジネスというところの提供の、次のような題の記事があったので、興味を引かれました。

  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54045
安易な気持ちで始める「ウオーキング」が、あなたの老後を破壊する

安易にウオーキングを始めた私にとっては、ちょっと怖い記事で、どんな内容かな? と読み始めましたです。(;´・ω・)

記事の中身は長すぎて引用するのをやめますが、要するに、

「リタイア後の自己流の、過度なウオーキングのやりすぎは、変形性膝関節症という、深刻な膝の病気になって、かえって歩けなくなることもあり、注意するように・・・・。」という内容のように理解致しました。


やりすぎは良くないが、ほどほどにすればいいのですね?
記事のタイトルは、確かに目を引きますが、内容はごく普通に納得することが書かれていました。


私も時々公園で、3Kmくらいのウオーキング(散歩)をしている者ですが、過度でもなく、体調管理もしていなくても、気晴らしになる程度のもので、
とても膝関節炎になるほどにはできません。
安心してウオーキングするようにしました。





ただここの所気温が低くて、ウオーキングをして風邪をひいたらいけないと思い、暖かい日だけにすることにしています。


現在健康にいいかな? と思ってやっていることは、
時々ウオーキング
腕立て伏せ20回/1日
腹筋30回/1日  くらいかな。

とりあえずほどほどのところかな、と思いつつ続けています。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。



富樫倫太郎、「SRO」を読んだ感想文です

今のところ、「毎日が日曜日」なのですが、毎日ネットサーフィンだけではなく、時々読書もします。
よく読むジャンルの1つに、警察ものがあります。


その中の作者では、堂場瞬一と、富樫倫太郎ですね。
どちらの作者も、警察シリーズのものがあり、早いペースで次々と作品を出しています。

今日は、下の本を読んだので、感想など書きます。
私の感想は、ネタバレしないように、あらすじもできるだけも書かないようにしていますので、興味があったら、直接本を手にお取りください。



書名  SRO Ⅶ ブラックナイト

作者  富樫倫太郎

出版  中央公論新社 中公文庫


SROは、「警視庁広域捜査専任特別調査室」と訳しています。
昨年11月に、SROシリーズを読んだ感想を書いたことがあります。
それはこのシリーズの第3弾だったのですが、今回は第7弾になります。

富樫倫太郎の本を読んで思ったこと 2017年11月29日

SROシリーズの今回は、1冊の中に、次のような、社会問題のキーワードが含まれていると思います。
児童虐待・ネゴレクト、不登校、少年犯罪、暴利・闇金、自宅介護、中高年のリストラなど、どれも深刻なものです。


全編を通して登場し、いまは逮捕されて警察の病院にいる近藤某という「犯人の女」の話も恐ろしいものがあります。

SROメンバーの活躍もありますが、今回はいわゆる「犯人の少年」側のストーリーに重きを置いているようで、545ページの長編になっていて、読み応えがありました。


つぎはどうなる?~と思いながら一気に読んでしまいました。


SROのメンバーの今後については、大きな動きがありそうで、気になります。
「犯人の少年」、近藤某の今後の展開も気になる所です。


このシリーズは、まだまだ続いて読者を楽しませてくれそうです。
以上、読書の感想でした。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月12日金曜日

カトリーヌ・ドヌーヴさん「行き過ぎ」批判

フランスの女優のカトリーヌ・ドヌーヴさんら100人が、フランス紙ルモンドに、9日にコラムを寄稿し、(米ハリウッドから始まった)セクハラ告発、「#Metoo」運動の行き過ぎに警鐘を鳴らした、という記事がありました。



カトリーヌ・ドヌーヴ氏イラスト Pixabayより借用しました


その後も、ニュースでは、「男が言いよったらセクハラか?」「女は皆か弱き被害者か?」とセクハラの根本の問題に、米仏以外の国からも、この意見に賛否両論の意見が続出しているようです。


先日のゴールデングローブ賞では、ハリウッドの大物プロデューサーのスキャンダル発端の、セクハラ問題に対して、女優陣が黒のドレスで抗議を表していました。


華やかなゴールデングローブ賞授賞式にはそぐわない「政治的」なものを感じていた私は、アメリカでは、異を唱えることがためらわれる雰囲気だったのかと思っていましたが、フランスの女性から「待った!」が掛かりました。


「セクハラ」と言われて、問答無用に職場を追われた男性もいるそうで、このことは、果たして正義なのか? という意見もありますね。


私はセクハラとかパワハラとは無縁の生活をしているものですが、この問題には興味がありました。
カトリーヌ・ドヌーヴさん達が問いかけたことにも、耳を傾けたいですね?


ただフランス語ができないので、ルモンド紙は読めないのが残念ですが。(;´・ω・)💦



朝  珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し
   チョコレートケーキ1切れ

昼  パス(無しということです)

夜  ジンギスカン焼、晩酌+チーズ、ご飯半分



今日も読んでいただきましてありがとうございます。

2018年1月11日木曜日

お葬式と読書

今日は亡くなった、家内の伯母の告別式で、葬儀式場に行ってまいりました。


伯母は、家内の父親の兄の奥さんで、100歳を超え、天寿を全うしました。
喪主は伯母の息子で、私より少し上の年代ですが、天寿と言っても、悲しみは変わらないのですね。
涙を流していました。


親の代年代の親戚は、もう殆ど残っていません。
大正の生まれで、今年94歳から107歳、昭和元年の生まれで、93歳ということで、我々の年代の「順番」もすぐそこに来ています(;´・ω・)


”昭和は遠くなりにけり” であります。




本を読んだので、ご紹介します


 
 著者  折口真喜子

 
 書名  おっかなの晩
     船宿若狭屋あやかし話

  
 出版社 東京創元社





時代は江戸時代中期で、江戸箱崎若狭屋という船宿の、気風が良く、さっぱりした気性の30過ぎの、お涼という女将が主人公です。
お涼の父親の甚八というのも、いい味を出してるキャラクターになっています。


八話の物語が、丁度良い短編になっていて、読みやすい本になっています。
それぞれに出てくる船頭や、歌舞伎役者、飛脚、老女などのキャラクターに、作者の温かいまなざしが見えて、気持よく読めます。


「おっかな」という題がついていますが、本当に怖いどろどろした怪談話ではなく、亡霊や神様、山姥(のような)が出てきますが、怖さではなく親しみやすさがある物語です。


折口真喜子という作家の前作には、キツネや猫などの出てくる不思議な小説があります。
まだ読んでいませんが、面白そうですね?




朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

昼 無し

夜 ホタテとエリンギの炒め物、ご飯



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月10日水曜日

今日のニュースで思ったこと

今日は朝鮮半島に関するニュースが、目を引きました。

慰安婦問題の日韓合意で、各政府が、最終的かつ不可逆的な解決で、合意したはずにもかかわらず、今回韓国の外交部長が、さらなる処置を求める等の姿勢を示した事に関して、当然ながら、河野外相は、全く受け入れられないと表明した。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180109-00000093-mai-pol



問題はいろいろありますが、韓国各地や世界に建てている慰安婦像は、撤去するような方向には行かず、ますます増えていく様相です。


この問題に限らず、韓国政府は何を考えているのかわからない。
この国は、世界の常識が通用しない後れた国なんでしょうか?


もう一つ、韓国と北朝鮮の会談で、北朝鮮の参加をスムーズにできるようにするため、平昌オリンピックに向け、制裁の一時解除など検討する、という発表。


韓国と北朝鮮の板門店での会談では、北のペースで進められ、北の交渉力が数枚上手で、韓国は足元を見られて、適当にあしらわれているように、私には見えます。


何らかの前進したと見える合意をして、平昌オリンピックが成功したとしても、北の核やミサイルの開発の時間稼ぎに使われるだけで、この先にも、危機は一向に去らないように思います。


オリンピック後の半島情勢は、日本にとっても目を離せないことになるのでしょう。
だんだん厳しくなって行くように思っています。



朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

昼兼夕 「いきなり!ステーキ」でステー+サラダ、ライス、スープ、 珈琲、

久しぶりに外食でした





今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月8日月曜日

DVの代償が高くついた経済評論家

出版物・テレビ・ラジオ・ネットで活躍しておられる、経済評論家の三橋貴明氏という方がおられます。


大胆な切り口で、やや偏っているかもの評論、解説をされている方で、人気のある評論家である一方、敵も少なくないようです。


ブログを書かれているので、私もよく拝見させていただいていて、動画も時々見ます。


この方が、夫婦けんかで10代の妻を転倒させて、殴る・腕にかみつくなどして、けがをさせて110番通報され、警視庁高輪署に逮捕されたとの、結構大きなニュースがありました。
ニュースでは容疑者と呼ばれました(;´・ω・)






このニュース関連で、10年前に選挙に出て落選したこと、その時不倫をして離婚したこと、再婚した奥さんにDVを行って又離婚したこと、3人目の今の奥さんが10代で、去年にもDVで通報された件などプライベートも記事にされました。(・。・;


ところが今日になって、妻の被害届を取り下げもあったのか、裁判所が身柄拘束を認めなかったので、すぐに釈放されました。
結果、今回もただの夫婦けんかで、「大(泰)山鳴動して鼠1匹」という結果のようになりました。


しかし暴力は今回だけではなさそうなので、DVの疑いは高いようです。
夫婦の喧嘩が全国ネットのニュースになるのは、有名人とはいえ、厳しいものがありますね。


この評論家を三橋氏が嫌いなマスコミに容赦なく書かれたということかな?
マスコミの方も三橋氏を嫌いと思っているかもしれません・



容疑者の呼び名は外れ、さん付けになったとはいえ、逮捕された事実は残り、警察も在宅で捜査を続けるということで、イメージ低下で、今後の活動、メディアへの出演には、かなり影響が出るかも知れません。


釈放された三橋氏は、憤懣やるかたないコメントをしていますが、DVは間違いないようなので、身から出た錆のような気がします。
DVの代償は高くつきますね?


簡単に留置所から出たのですが、今後も三橋氏のDVが止む保証はないので、この10代の奥さんも気の毒ですね。
DV男は自分がDV加害者という認識がないので、困ったものです。
認識があっても、それを大したことでないようにしたい、思いたい、という心理が働く傾向があるようです。


DVと不倫は有名人だけではなく、どなたにも身を亡ぼす危険性があります。
まあ~いないとは思いますが、万一心当たりのある御仁がおられたら、お気を付けいただきたいと存知ます。



朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

昼 手製すいとん

夜 鰯の甘露煮、七草粥、残りの肉里芋煮 晩酌





今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月7日日曜日

バラエティー番組で尻を蹴った件

2年前の今頃、タレントのベッキーが、不倫問題でマスコミを騒がせていましたが、今年の正月もベッキーがネットなどで話題になっています。
それがなかなか収まらないようです。


昨年の大晦日の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」という番組の中で、不倫騒動を起こした禊として、ベッキーのお尻(の上?)
を女子のタイ式キックボクサーが蹴ったという企画ものです。


今年に入って、その番組に対して、番組とダウンタウンにも批判が寄せられ、それが記事になって、またネットでも、その批判に対して批判や、擁護が殺到しているものです。


私はもともとこのような番組は見ないのですが、この話題に興味があったので、YOUTUBEでその場面を見てみました。


私の感想ですが、確かにベッキーは蹴られて痛そうにしていましたが、これは演出だと思います。


この演出を、本人も所属事務所も承知して出演していたと思われるので、ベッキーフアンの方も、「ベッキーをそこまでいじるな、可哀想じゃないか」という指摘はちょっと感情的だと思います。


ただ私は、ベッキーのことは置いといて、このような、ちょっとした暴力的場面が、演出とはいえ、バラエティー番組などで、公共の電波で流されるのは、反対で、見たくはないですね。


漫才で相方の頭を叩くのも好きではありません。
見たくないものは、見なければいいと言われればそれまでです(;´・ω・)


こういうストレートな暴力的演出ではなく、「ザリガニ」のハサミで鼻をはさませるとか、猛獣と闘わせるような演出は、安全対策していればいいのかな♬と思ったりしていました。




朝兼昼 珈琲、牛乳、トマトジュース パン少し

夜 晩酌+チーズ 豚肉と里芋の煮物 ご飯は無し

日曜なので、胃を少し休ませました。




今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月6日土曜日

大正時代生まれの父と母のこと

父親のこと、昨日の続きです。母親のことも。


ソ連抑留から帰った父は、祖父の代からの家業のー野鍛冶というもので、刀鍛冶とは違い、所謂村の「鍛冶屋」ーをやっていましたが、時代の流れとともに、個人家業の農具の「鍛冶屋」は成り立ちにくくなり、昭和30年頃から、鉄工所に勤めることになりました。


この「鍛冶屋」の最後の頃を、5歳位だった私は、覚えています。
1歳の妹を育てながら、コークスの火の熱の中で両親が働いていました。


鉄工所と鍛冶屋の違いは、火を使うか使わないということです。
鍛冶屋はその名の通り鍛造で、高温の火を使います。
どちらも職人の世界ですね。


鉄工所に勤めていたころの父親は、3人の子供が高校を卒業するまで、休みもなく働いてくれました。
これには今でも感謝しています。


職人であった父は、力も強く気が短い性格だったようで、小さいときは、いたずら坊主の私は、良く叩かれていたものでした。

ところがある日、中学生の私は父のそばにいました。
父が新聞をとろうと手を挙げた時、私は無意識に反射的に手で防御の姿勢をとりました。


いつも頭を叩かれていたので、反射的な行動だったんですね。
中学生ながら、とても気まずい思いがしましたが、父は何を思ったのでしょうか?


その日以後、1度も父から叩かれることはありませんでした。
もう55年前のことなのですが、このことはいつも思い出されます。
今思えば、この日から少し大人になった気がします。


子供の頃から、父は家にいる時間が少なく、私は18歳で家を出たので、父と接する時間は少なかったので、この日のことが思い出されるのですが、何となく甘酸っぱい思い出です。


その父は75歳で亡くなりました。
まあ平均寿命位だったのですが、晩年は病気との闘いでしたね。


父より3歳年下の母親は、その後79歳で亡くなりましたが、どちらも遥か昔のような気がしています。


そして私も、両親の亡くなった年齢にどんどん近づいて来ています。
両親に会える? 日もそう遠くでは無いかもしれません。


正月早々の話題としては、そぐわないと思われる方もおられるかも知れないですが、



一休禅師の歌に、

門松は冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

というものがありますが、このような心境でもあります。



朝 珈琲、牛乳、トマトジュース パン少し

昼 手製ラーメン

夜 まだ残っているカレー 晩酌

食事はマンネリ化しています



今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年1月5日金曜日

100年前の、大正時代に生まれの父親のこと

今年は1868年の明治元年(明治維新)から、150年です。


遥か50年前の1968年(昭和43年)、団塊おじさんが高校3年生の時、明治100年祭があったのを記憶しています。


その前年、わが高校でも記念行事イベントが行われ、歴史好きな団塊少年(KAZU)にはインパクトがありました。


明治時代は45年、昭和時代は64年あったので、存在感は大きいですね。


それに引き換え、明治と昭和に挟まれた、大正時代はどうも存在感が小さいと言えるかも知れません。

以上は前置きです。


この正月に、大正生まれの父のことを思い出して、父のことを書きたくなりました。


私の父は、大正7年、今から100年前の生まれです。
ということは、今生きていれば、今年100歳になりますが、もう25年前の平成5年、75歳で病気で亡くなっております。


我々の年代の親は、大正生まれという方も多いかと思います。
100年前と言うと殆ど歴史の世界ですが、自分の親が・・・と思うと、結局自分も年をとったんだなあ~とつくづく思います。


所謂戦争に行った世代です。
徴兵されたのか、志願したのか不明なのですが、当時の帝国陸軍の、朝鮮半島の歩兵部隊に配属され、敗戦までいたそうです。


イメージ


残念ながら、敗戦時にソ連軍に武装解除され、ソ連のシベリアから、中央高原方面に抑留されて、炭鉱などで過酷な強制労働に従事しました。


抑留されていたソ連では、栄養状態が悪く、も多かったので、肺疾患とマラリアになり、日本に帰ってからも中々いい薬がなく、後年まで完治せず悩まされ、75歳で亡くなった原因の一端にもなりました。



一番嫌いな蚊

そのため、いまだに私が最も恐れる、嫌いな生物は「」なのです。


昭和23年にソ連から解放され、敦賀の港に着き、その後出身地で農具の製造、修理のいわゆる「鍛冶屋」を営んでいたのですが、うまく行かなくなり、昭和30年頃から、鉄工所に勤め、引退するまで「職人」又は「工員」をやっていました。


腕は良かったようです。(;´・ω・)


一般に大正世代の父親も戦争を語らない方も多いと聞きますが、私の父も戦争時代の話を殆どせず、私も父の戦争時代のことを聞かずに、高校卒業とともに故郷を後にしました。


そのため、父親が帝国陸軍の朝鮮部隊に居たころの事はよくわかっていません。
もう少し聞いておけば良かったなと、後にして思いました。


手がかりはあるので、今年はそのことを調べてみようと思っています。


続きがありますが、また書きます。




朝 珈琲、牛乳、ジュース、パン少々

昼 きつねうどん

夜 昨日のカレー、おせちの残り



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月4日木曜日

初詣の参拝客が減った

昨年、宮司の大きな事件があった、東京・富岡八幡宮の参拝客激減のネットニュースの記事がありました。


イメージ


今年の参拝客は激減が予測されていたのですが、やはりその通りになっているようです。


今年の参拝客は、例年の15万人が、その3分の一とか、10分とかのニュースもあります。


もしかしたら後者の方が近いかな?
ニュース映像で見ると、10分の一というのが、当たっているように感じます。


富岡八幡宮の関係者らが「嘆きの声を上げている」という記事ですが、これは当然予測されたことでしょうが、沿道の商店にとっては、大変な打撃でしょうね。


昨年の事件の主犯の元宮司は、この富岡八幡宮の関係者に、”末代まで祟る”という遺言を残したそうで、その後いくらお祓いをしたと言っても、初詣に行く気にはなかなかなりにくい、でしょうね?


特に会社関係の方々は、富岡八幡宮の初詣を止めて、近隣の神社に参拝を変更したのだと思います。
経営者としては、正月早々少しでも縁起の良い神社に行きたいのが、人情であり、当然の選択だと思います。


近くの深川不動堂は、多くの参拝客で約50mの行列ができたということです。
また神田明神も、テレビニュースで見たのですが、大変な行列のようでした。


ただこんな事件があっても、神様には何の落ち度もないはずだし、何百年も続いている神社なので、それに気づいた参拝客が徐々に戻ってくると思います。
関係者の方々も、気長に待つしかないですかね?



朝 珈琲、牛乳、ジュース のみ

昼 外出先で、珈琲、サンドウイッチ

夜、カレーライス、残ったおせち





今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月3日水曜日

正月気分も今日で終わりにします

今日も昨日に続いて箱根駅伝をテレビ観戦でした。
青山学院大学は強かったですね。
箱根駅伝は、最初何気なく見ているうちに、だんだんと熱が入ります。


駅伝 イメージ


往路は2位だった青山学院は、復路6区で早くも逆転し、そのまま敵なしの総合4連勝(覇)ということで、さすが(敵ながら)あっぱれでした。


2位の東洋大学も強くて、いいところまで行ったのですが、青山学院には及びませんでしたが、来年は期待できるかも?


青山学院は実力があり・王者の風格も備わっていて、往路で東洋大にリードされていたのですが、「復路では逆転するだろうな。」と思っていたらその通りになりました。

原監督の指導力の勝利だと思います。


復路の後半は、強いと言われていた学校が、シード権落ちになったり、、襷(たすき)がつながらなかった選手の涙や、今年もドラマが沢山あり、見どころが多かったですね。



わが母校も頑張ったのですが、襷はつないだものの、シード権校に残れなかった。
私の応援も及ばず?残念でしたが、今年の選手は、みんの笑顔が爽やかで、結束力のある、いいチームだと思いましたよ。


厳しい闘いになるかと思いますが、また今年の予選会で勝ち上がって、リベンジしてもらいたいと思った次第です。


駅伝を見たり、本を読んだり、パソコンでネットサーフィンしていたら、もうお正月の3が日も終わりの様です。
今日1日はどこにも出ないで、正月気分を味わっていました。


正月気分も今日で終わりというところです。
明日から平常運転、明日はいつもの医院で、家内のリウマチの診察があり、医者通いの第一日目です。


今年も入院などということが無いように、健康には気をつけたいものです。

朝 なし

昼 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

夜 焼うどん、おせち残り、つまみ+晩酌

カロリーには気を付けているつもり)




今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年1月2日火曜日

昭和30年のことあれこれ雑学

箱根駅伝をテレビで見ながらブログを書いています。
母校が出ているので、応援しながら見ていますが、上位につけて頑張っているので応援のし甲斐があります。

今年はコースの沿道で応援するまではいかないですが、来年また母校が出たら応援に行こうか、などと思っています。


母校は遥か昔に卒業したきりで、現在は学校や同窓生との交流や縁は全くない生活ですが、箱根駅伝で母校の選手が出ると、やはり応援したくなるもんですね(;´・ω・)





   話変わって・・・。





今年は平成30年で、昨日明治30年を書きましたが、今日は昭和30年についてです。


昭和30年は、終戦後10年目、1955年です。


2005年に制作され、現在でも見られている「ALWAIS 三丁目の夕日」という映画がありますが、この映画の年代設定が昭和33年ということで、これより3年前ということですね。


この年に生まれた人は、今年63歳になると思います。
この次の年、昭和31年の7月の経済白書で、「もはや戦後ではない」と記述され、流行語になっています。



確かにこの時代は、神武景気・高度経済成長の始まりの頃で、焼け野原からわずか10年で、戦後復興を成し遂げたことは、奇跡的だといわれています。


昭和は平成の今の時代より、時代の流れがずっと早かったように感じます。
昭和元年から、30年。
激動の時代ということは間違いないですね。


私が選んだ昭和30年の主な出来事

1月  トヨタクラウン発売、日産がダットサン110発売
    衆議院”天の声”解散

2月  デイリースポーツ、サンケイスポーツなど発刊

3月  尖閣諸島海域で中国船に第三清徳丸が襲撃された事件

4月  ラジオ東京テレビ開局
    バンドンでアジア・アフリカ会議開催

5月  ぺんてるくれよん、オリンパス35S発売
    西ドイツ主権完全回復宣言、ワルシャワ条約機構結成
    広辞苑初版発行、ヘレン・ケラー来日
 
6月  1円硬貨発行
    京都大学瀧川総長監禁暴行される事件
    ル・マン、レース車両観客に飛び込む。84名亡くなる

7月  後楽園遊園地完成、米アナハイムにディズニーランド開園
    トニー谷長男誘拐事件
    日本住宅公団設立

8月  墨田区花火問屋爆発事故
    東京通信工業が(ソニー)初のトランジスターラジオ発売
    森永ヒ素ミルク中毒事件

9月  武田薬品「ベンザ」発売
    スタルヒン投手通算300勝
    日本がGATTに正式加盟
    ジェームズ・ディーン交通事故で亡くなる

10月 新潟大火
    スズキ自動車自社初軽自動車「スズライト」発売
    日本社会党再統一
    オーストリア議会永世中立決議

11月 ユナイテッド航空629便爆破事件
    北海道茂尻炭鉱ガス爆発事故、60人亡くなる
    西ドイツ再軍備
    55年体制幕開け、自由民主党誕生
    
12月 電電公社が公衆電話機発売
    長崎市と米セントポール市、日本初の姉妹都市
    日本の国連加盟にソ連が拒否権行使
    昭和の大合併進む
    高度経済成長始まる

いろんな出来事がありましたね?、この中で皆さん、記憶にある、ご存知の出来事ありますか?


私はこの次の年に石原裕次郎がデビューして、小学校1年生の、クラスで大人気だった記憶がなぜか鮮明です。
   

これを書いているうちに、箱根駅伝は東洋大学が、往路優勝を決めました。
足を痛めているような青山学院大学が続きました。
箱根駅伝はいつもドラマがありますね~。


我が母校もまだ頑張っているので、遥か昔の卒業生の私も、元気をもらって今年も頑張っていきましょう。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。




2018年1月1日月曜日

明けましておめでとうございます




明けましておめでとうございます

今年も宜しくお願いいたします 





今年の初めは、日が変わる前に家を出て、地元の神社に初詣でした。
地元の地味な神社ですが、行く前から何十人かの初もうで客が来ていました。


日が変わった直後の初もうでは、新鮮な気持ちがします。
神社の役員の方から、甘酒とミカンを振る舞ってもらいました。
これも神社らしくていいですね?


年が明けて、関東地方は穏やかなお正月です。
今年1年も、この天気のように、穏やかに生活したいと思います。
が・・・


平成30年ですが、平成になってもう30年も経ちましたか?
平成元年がついこの前のような気がします。


元号が変わって30年で、何が起こっていたか、何が有ったか?
ひまで興味があったので、ネットで調べてみました。


明治と昭和ですが、まず明治30年。(大正は15年まで)
明治30年は、1897年(もう121年前ですね。)

この年にあった主なことは、
3月3日   足尾鉱毒被害者800名が請願

4月1日   台湾銀行法公布

4月22日  八王子大火

4月27日  帝国図書館開館
5月1日   京都帝国博物館開館

6月18日  京都帝国大学創立

8月31日  エジソンがキネトスコープ特許取得

10月1日  金本位制実施

10月12日 山葉寅楠が日本楽器製造㈱創業(のちのヤマハ㈱)

12月25日 衆議院解散(松方内閣時)

この年亡くなった有名人
英照皇太后、西周、ヨハネス・ブラームス、後藤象二郎、陸奥宗光ほか

 いろんなことがあった明治30年ですが、19世紀末、明治維新から30年、西南戦争から20年で、世界は帝国主義の時代、列強に対しての遅れを取り戻そうと、近代化進めていた明治の息吹・力強さを感じる時代ですか。

昭和30年は、明日書こうと思います。



翻って平成30年の今年も、激動の世界情勢、東アジア情勢になりそうで、なかなかうかうかしていられない1年になりそうです。


今年の個人的な目標としては、
体重常に60Kg台にキープ
家計を赤字にしない
入院を要する病気にならない
海外旅行に1回以上行く
国内旅行も1回以上行く
週2回位の仕事(バイト)をする
早寝早起き
ブログを続ける


とても個人的なことで、たいそうな目標でもないのですが、私的にはなかなか難しいこともありますが、とりあえず頑張ってみます。
海外旅行はこの先、体が思うようにならなくなったら行けないわけで、まだ丈夫なうちに行きたいと思っているのですが・・。



今日も読んでいただきましてありがとうございます。
今年も、このブログを書き続けますので、よろしくお願いいたします。